その1で示したとおり、不安・不満は人間に不可欠なものだが、それは私たちにネガティブな感情をもたらす。そして感情を意識的にコントロールするのはほとんど不可能だ。では、諦めるしかないのか?ACTが画期的なのはここからだ。ネガティブ感情が現れるのは防ぎようがないが、その影響力を大幅に低める方法はある。
それは、
「不安な気持ちに襲われたら、それはそれとして、今やってることを一所懸命にやろう」。
というものだ。(ふざけるな、と思った皆さん、もう少し話を聞いてください)。別の言い方をすると、感情を敵視せず、打ち消そうとせず、ポジティブ思考に置き換えようともせず、それに構わず今している作業に集中する、ということだ。湧いてくる感情と、現在の自分の意識を切り離し、今現在している行動に意識を集中し続ける。これができると感情の起伏によって自分のパフォーマンスが受ける影響を最小限に抑えられる。例えば、試合の行方を決めるサッカーのPKで、不安に押しつぶされて失敗してしまうのはあり得る展開だが、自分の行動をコントロールする意識部分を不安から遠ざけ、キックの動作を完全にコントロールすることは可能だ。(不安と戦ったり追い払ったりするのではなく、ただ距離を置く、というのがミソだ)。そしてこれが、ACTが目標とする感情への対処法だ。
不安をスルーせよ
掲示板に現れる”荒らし”への一番良い対応はスルーすること、とよく言われるが、感情の場合もまったく同じだ。いやな感情、不安な感情が現れた時、これに抵抗したり、否定したり、非難するのはもっともまずいやり方だ。それは感情にエネルギーを与え、ますます増幅してしまう。面接や人前でのスピーチなどで緊張に襲われ、これを抑え込もうとしてますます声がうわずってしまう等が良い例だ。逆に、不安を客観視しスルーしていると、それらはやがて消えていく。感情というのはエネルギーを与えない限り減衰していくものなのだ。(もちろんそれは簡単ではなく、ある程度の練習が必要だ)。
断っておくと、これでネガティブ感情が永遠に消え去るわけではない。感情は何かのきっかけで再び現れる。ネガティブ感情を消し去るのは不可能だ。だが現れる度に無視していると、むこうも段々馬鹿らしくなるのか、その力は段々弱まってくる。現れる頻度も減ってくる。こうなればしめたものだ。だがそうなるためには感情をスルーするさまざまなテクニックやエクササイズを何度も繰り返す必要がある。何ごともいきなりできるようにはならない。ただ、僕の経験から自信を持って言うが、ACTはやってみるだけの価値がある。適切な心理エクササイズを一定期間繰り返せば、確実に効果を実感できる。少なくとも僕の場合はそうだった。感情の影響を最小限にとどめて現在の瞬間に集中することは、誰にも可能なことなのだ。
*ACTの書物はたくさん出回っているが、その多くがセラピストをはじめとする専門家向けだ。しかし、どれも自分の感情をつかさどる上で多くのヒントを与えてくれる書物なので興味がある人は読んでほしい。以下にいくつかを挙げておこう。
よくわかるACT(アクト)アクセプタンス&コミットメント・セラピーー明日からつかえるACT入門 (星和書店)ラス・ハリス 著 武藤崇 監訳 岩渕デボラ、本多篤、寺田久美子、川島寛子 訳
専門家、セラピスト向けの本だが、一般読者にも役立つヒントが多数含まれている。専門書ではあるが読みにくくはないので、ACTの原理に興味を持った人には是非一読を勧める。
アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT) 第2版 -マインドフルネスな変化のためのプロセスと実践 (星和書店) スティーブン・C・ヘイズ, カーク・D・ストローサル, ケリー・G・ウィルソン 著, 武藤 崇, 三田村 仰, 大月 友 訳
ACTの創設した学者による本。専門書なので一般読者には読みづらいものだが、ACTの原典と言うべき本なので掲載した。私も、翻訳の際の用語の確認などで大いに参考にさせていただいた。
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