それは翻訳の仕事としてやってきた
きっかけは翻訳の仕事だった。ラス・ハリスという精神科医が書いた、Happiness Trap(邦題:幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない 筑摩書房) という本だ。それが僕の人生を変えるターニングポイントになるとは当初夢にも思わなかった。それどころか最初は「なんか地味な本だなあ」とさえ思っていた。(ごめんなさいハリスさん💦)
翻訳というのはその本に入れ込めると非常にスムースに仕事が進む。逆に、まったく共感できなかったり面白味が感じられない本を訳すのはかなりつらい。なのでその本の世界に入り込めるように色々工夫をする。(瞑想の本の場合は自分も瞑想をしてみるとか、可能であれば舞台背景になった場所に行ってみるとか)。本書の翻訳を始めた時も、著者の主張を理解するために、書かれている心理的エクササイズをやりながら作業を進めた。当初は軽い気持ちでやっていたのだが、やがてまったく予期しないことが起こった。
誰でもつらい思い出や、自分に対するネガティブな自己評価がひとつやふたつはあるはずだ。もっとたくさんある人もいるだろう。日常何かのきっかけでそれを思い出し、憂鬱な気分になるのもよくあることだ。これはあまり好ましくない。憂鬱になるだけならいいが、度が過ぎると人生に不利益をもたらす結果(ひきこもりとか何らかの恐怖症とか)になってしまうこともある。これは、その記憶(言葉)がネガティブな感情を呼び起こすせいだ。こうした過去のつらい記憶は現在のあなたの行動を制限し、可能性を抑えつけてしまう。
僕の場合、つらい記憶を引き起こすきっかけになっていたのはある単語だった。ずっと昔、親か、あるいは親戚かに言われた言葉だったのだが、トラウマというほどではないけれど、日常生活において不意にその言葉を聞くと古い記憶がよみがえり、責め立てられるような気がしてプチ鬱になるのだった。(個人的なことなので詳しい話はちょっとご勘弁を。)
「幸福になりたいなら〜」には、こうしたネガティブな思いを無効化する方法が書かれていた。紹介されているテクニックはいくつもあるが、そのうちの一つが僕の性格に合ったのだろう、ドラマチックな効果を発揮した。長年悩まされていた反応がすっかり弱まり、今誰かにその言葉を投げかけられても僕はほとんど動揺しない。これは自分にとって驚くべきことだった。(その2に続く)
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